途方に暮れていた
私達はどうしたらいい?
私はどうしたらいい?
身体に異常はない
でも息子は相変わらず苦しんでいる
一歩外に出ると、瞬く間に尿意に襲われる
トイレ、トイレ、トイレ
もちろん学校にも行けない
行けても4時間目と給食のみ、とか
私は仕事も月1~2回にセーブし、一日中息子と一緒にいた
気が狂いそうだった
息子は常に誰かと一緒にいたい性格
私は一人の時間に浄化される性格
辛い 苦しい 助けて
一人になりたい…
お願いよ、学校に行ってよ…
そんなことは、口に出せない
息子は行きたくても行けないのだ
行く前は青ざめた顔をしてるのに、行ったら「楽しかった」と帰ってくる
「良かったねー」って笑顔で答える
ほら、楽しいんでしょ
それなら、どうして行ってくれないの
私は息子を救いたいと思いながら、学校に行けない息子をどんどん追い詰めていた
朝はいつもどおり起こし、なかなかリビングにこない息子にイライラした
イライラは口には出さなかった
でも起きてこない息子に対する「学校どうするー?」
というやけに明るい口調、小さくもれるため息、冷たい視線
敏感な息子は感じ取っていただろう
いっぱいいっぱいな日は、「またお昼ご飯作らなきゃいけないの?」
なんて言ってしまった日もあった
私にとっては、昼食作りは本当にしんどかった。
「冷凍食品やカップラーメンで良いじゃん」
夫はそう言った
分かってる
一食くらい適当で良いって
自分だけなら良い
でも子供は…
自分でもうんざりするほど、手を抜けなかった
母の背中を思い出す
ため息をつき、疲れた疲れたと言いながら、一日中キッチンに立ち栄養バランスのとれた食事を作ってくれた
子供の私は実母のそれを、
そんなに嫌なら作らなきゃ良いのに、と
うんざりした目で見ていた
はずなのに…
恐ろしい連鎖だ
勉強の遅れも気になった
参考書をネットで買いあさり、毎日時間割に合わせて一緒に勉強した
追い詰められていた私は、体育の時間割の時間は唯一息子が行ける一番近い徒歩1分の公園に一緒にバトミントンをしに行った
担任の先生に授業の進み具合を都度確認し、遅れないよう参考書を一緒に解き、テスト対策もした。
塾にも行けなくなったため、焦っていた
中学受験するわけでもないのに、とにかく必死だった
それが正しいかも分からないまま
テレビやゲームの影響で不登校になるとネットで情報をいれた私は、息子からそれすらも奪った
テレビやゲームは一日一時間まで…
私は既に正気ではなかった
普通の生活に戻りたい
もう朝なんて来なければいい
毎日近所のスーパーに一人で歩いて行く時間だけが、唯一息ができた
帰り道に公園で遊んでいる小学生を見て、また涙が出る
少し前まで、息子も元気にサッカーをしていたのに
外遊びが好きで、お友達が大好きな息子
何故、うちの子がこんなことに
なぜ、なぜ、なぜ
空を見上げては、ご先祖様に必死にお願いした
おじいちゃん、おばあちゃん、
子供達が心身共に健康でいてくれるのなら、他にどんな試練があっても乗り越えます
私の全てを捧げるので、どうか息子をこの苦しみから救ってください
どうか、、お願いします・・・
今思うと、一番辛い時期だったと思う。
何の病気かも分からず、解決方法も分からず、
ただただ停滞し、私と息子だけ、ずっと沼の中をさ迷っている気分だった。
誰から見ても私はボロボロで、不安定になっていた
息子は学校のサッカーチームに所属していた
クラブ活動の後、チームメイトがピンポンとチャイムを押してくれる
息子も私も首を長くしてその時間を待っていた
玄関前で学校であったこと、サッカーの試合のこと、先生のこと、お笑い芸人のことなど、男の子達はそれはそれは楽しそうに話してくれる
まるで、休み時間のように
時には我が家の庭で、ドッジボールをしたり
休日にはテレビゲームをしにきてくれたり
そんな、当たり前だと思っていた日常が、息子の嬉しそうな笑顔が、
ありがたくて、ありがたくて、心がいっぱいになった

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